彼は、出て行った。

6月24日
マコトが、17時半にタルチェンの宿を出て行きました。

カイラス山の北壁目指して、ひとりで。

私を含めツアーの3人は、高山病や体力を考慮して明日朝ゆっくり、宿から10キロ先のお寺までを目指します。

マコトは、ここから3時間程の山小屋に21時に着いて、今晩過ごし、また明日朝北壁を目指して出発するらしいです。大丈夫でしょうか?

明日の夜22時までに帰って来なかったら、警察に連絡する

と約束しました。

「北壁(ほくへき)」。なにかと言うと、このカイラス山の北側の斜面のことを言います。いま見えているのは南壁。カイラス山自体が、チベット仏教ヒンズー教の聖地です。巡礼者たちはこの山の周囲56㌔を時計回りに一周します。「コルラ」と言います。コースは、標高4600〜5600mの山道。普通は3日〜4日かけて一周するのが一般的らしいです。南壁からスタートして15キロ行くと、丁度正面に北壁が現れるそうです。その絶景が素晴らしく、聖地として崇拝される所以だそうです。

再出発前、マコトがチベット行きを熱望したのは、昔、本かネットか何かでこのカイラスの北壁を知ったからです。私はその話を聞くまで、チベットカイラスのことはほとんど知りませんでした。

ですが、今回のチベットツアーでは私の体力が心配で、コルラするのは諦めてカイラス山の南壁だけ見よう、ということになり日程を組みました。そのつもりでここまで順調に?ツアーも進んで来たのですが、近づくにつれて、マコトの想いは募り、また、行った人の話や、現地の生の情報を収集するうちに、一周のコルラは無理だけど、半周まわって北壁を見てまた来た道を戻るだけなら、1日半でできるんじゃないか、という気持ちになり、彼は、出て行きました。

ついさっきまで、「今回はやっぱり北壁やめとくわ」

と言ってましたが、30分、ベッドに座ったり、立ち上がって空を見たり、周りの様子を見に外に出たり、そわそわ落ち着かず、いつもの通り、「うーん」やら「どうしよっかなー」とかずっと横で言ってるので。

「何を悩んでいるの?」

って聞いたら「いや、やっぱり見たいなぁ。」

と言うので、「行っておいで。無理やったら帰っておいで。」

そうしたらあっさり。

「うん、後悔したくないし行ってくるわ。」

と。防寒具、食糧、一眼レフをリュックに詰めて

彼は、出て行きました。

無事戻ってきますように。憧れの北壁を見られますように。

見られなくても、とりあえず、無事で帰ってきますように。

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